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筑紫さんの話。 [マスコミ]

ショック。中川昭一さんが亡くなりました。

アメリカ国債購入拒否、金融救済ファンドへの出資反対。独自判断でのIMF融資、立派な愛国者だったように思う。
G7の時は、竹中氏の直接のボス、ゼーリックと会見の後、天木、日テレペア、読売、ブルンバーグのワイン会、泥酔会見中の篠原財務官の知らんぷり。

そういう訳で、日記にもblogにも書きましたが、私は盛られた派です。泥酔会見、西松、小沢踏ん張る→ナイが大使止めるという流れでした。

越後屋オマエもワルよのう、と一部で随分流行りましたが、googleの検索ワードで越後谷が一桁台に入り、世の中随分広まっていたんだなあと今更ながら思いました。
意外と彼らは会食と随行をさせられたアリバイ作りの要員で、直前のゼーリックとの時にコーヒーにでも入っていたのかもしれません。

それにしても、彼らは今どういう気持でいるんだろうか。
やり切れないのは、お父さんも志半ばで亡くなった。自殺といいつつ謀殺と言われています。
会見では、鈴木宗男氏が滂沱の涙を流していました。多分、中川氏の父に使えた彼は言えない事がありつつ、かつなんともやり切れず、どうしようも無かったのでしょう。
死因は手間取っています。何にしても残念です。ご冥福をお祈りします。

所で先回の続きです。

亡くなった方の話しばっかりでなんなのですが、
オバマ当選の直後、筑紫さんが亡くなった。猿谷さんの本の話しからその辺りの思い出を書いてます。
今続きを転載しようとして、読み返し、前回適当に転載前のマクラで、大学のテキストと書いたの思い出しました。間違いです。スイマセン。
今本を見たら古本屋の値段が1000円と書いてあった。懐かしい(笑

2008年11月10日22:56
「Obama、そして筑紫。その2。」
の転載です。

◇◇◇
(転載始め)

前項の猿谷さんの本を読む切っ掛けは、確か本多勝一なんですよね。
それは小学生の頃に遡る。
筑紫さんが亡くなった今は書いとこうと思います。

子供らしく(笑)探検ものが好きだった自分は、そのうち親爺の本棚にある今西錦司とか、京都学派の探検記なんかを読む。自然に次は、植村直己や京大山岳部の本多勝一の楽しい3部作が並ぶ。
ちょっとすると隣に「戦場の村」が来る訳です。解放戦線側からの初めてのルポ。子供には超衝撃。そして今や右翼の攻撃対象として有名な「中国の旅」とまあ、こう繋がる。

まだ世の中的には、田舎の方に行くと、酒に酔うと刃を落とした軍刀なんかを誇らしげに出して、チャンコロが、満州がとかいう爺さんが居た。そんな時代。
ああ、ホントにやってしまったんだなと。顔に縦線で影が入ってズシーンと所謂自虐史観に埋没する日々。
小学生の頃自分を宇宙博に連れてってくれた、造船技術の留学生、といってももういい歳だった韓国の金さんは、俺をどう思っていたのか、酒乱だけど腕のいい親戚が付いていた棟梁に、格安で増築してもらったばかりの2階屋に来た、中国の某有名選手はどう思って俺を抱いて頭を撫でていたのか。

当時は朝日新聞のみ中国に優遇されたので、先方の官製取材体制に乗ったまま、幾つか書いてしまった部分もあるでしょう。でも右翼がいろいろ言いますが、国民党の拠点だった都市を占領する作戦ですから、当然規模はともあれやったのです。
むしろこの辺りの煽り、議論が日中でどう考えても双方異常になってきたのは江沢民、小泉以降かなと思います。

その後の「アメリカ合”州”国」もベストセラー。
マルコムX自伝が中々素晴しいと広く紹介したのも彼ではないかと思います。本多氏は確か遊牧民の取材の時にムスリムになってもいるし、人種差別のカウンターとしてイスラム教が黒人に浸透した状況を興味深く思った事もあるでしょう。stateの連合なんだから合「州」国だと。人々が集まったような印象の合衆国を使うなと殊更強調した。

マルコムも合”州”国も、先ほどの猿谷さんの著作には書いてある事で、取材の観点として大きく影響されているんじゃないかと思います。
自分も参考文献欄にあったかなにかで、覚えていて、それで大学の古書店街で猿谷さんの本を見つけて読んだという次第。典型的な左翼かぶれの学生の流れでしょうか。

で、本多氏に戻ると、
彼には朝日同期の友人が居て、それが亡くなった筑紫哲也さん。本多氏も良く本に書いていたし、筑紫さんの方も、トップのエリート記者本多と、落ちこぼれの自分と、良く比較して書いていた。しかし本多氏が朝日を去ってから、公の言論に出る場所は殆ど1箇所。朝日ジャーナルでした。当時編集長は筑紫さん。

今メディアは一部を除いて、本当にプロパガンダ機関になってしまいました。でも思い返せば、憧憬で涙が出るくらい、当時は今無くなった自主性が持てた。百花繚乱、文化の発露でした。しかしながら、一方時はバブルで、だんだんマスコミは最早社会問題を追わなくなっていて、人口に膾炙する唯一の雑誌メディアの砦が朝日ジャーナル。

家の新聞の様な安心感というか、定期的な解毒剤というか、そんな感じで読んでいました。本多さんのみならず、佐高氏、鎌田氏等馴染みのルポも、ここ以外ではあまり読めなかった。その後、下村さんになって、筑紫さんの頃のジャーナリズム的なバランスの良さ、丁度良さが消えてしまい、部数は落ち廃刊。AERAはそれに取って変わる物では有りませんでした。

その後は二人はガラッと行く道は変わる。
本多氏はそれまでテーマ別に「金字塔」を沢山打ち立てた。それのお陰で毀誉褒貶を経た訳ですが、しかしそれ以降目立つ仕事は無くなります。

筑紫氏は誤解を恐れず言えば、報道の現場から報道した実績は沢山あるけど、テーマを追ってのルポ的金字塔は全くない。
しかしながら、メディアに属するジャーナリストとしてメディアの特色を保持する報道をし、それが可能なしつらえを保持する。まさかテレビに出てキャスターをやるとは思わなかったけれども、多くの人々に情報を発信し続けるメディアとして、大きくなる程タブーはあっても、なんとかその中で一定の見識を持って伝えられる様に、バランスをギリギリで保つ。それはやはり朝日ジャーナル編集長と同じ仕事だったと思います。彼自身はもっといろいろ知って居る。裏の裏まで知って居る。
でも人口に膾炙しなければ所詮その意味は無い。だから、結果から演繹して保った見識で、帰納でしか語れない範囲で語った。

殆ど読んでいないんですが、本多さんの某大な貧困なる精神シリーズの中には恐らく大ネタが沢山隠れていると思うのですが、週間金曜日だけでスクープとなる事は無いし、それを大メディアで報道はできない。

互いが双方の立場でバランスする場所として、週間金曜日を作ったのだと思います。電通関連や、買ってはいけないは、筑紫さんオンリーでは生まれない。でも本多氏が発言できるような金曜日では可能になる。一方、本多氏は幾ら鋭い切り口で物事を追っても発表出来ない限界がある。それが彼的に可能な場所が、朝日を辞めた今、唯一筑紫さんも名を連ねた金曜日となる。

懐かしく思い出されるのは、本多さんの「〜される側とする側」の視点を、結構多事争論で使っていた。そう言った事が忘れられがちな話題で、彼は敢えて使っていた。報道は報道をしないといけない。

この日記の最初の頃からたまに書いてますが、社会問題から立ち上がって二項対立になると、どうしても根本原因が追えなかったりする。それは別の事が問題の根だったりする。

例えば、金本位止めたニクソン以降ドルを支えていたのは、決済通貨である=(大事な取引だったら何時でもどこでも使える)という事実ですが、これは別に実は「所与」の事実ではなく基本的にそう「させる」ものです。外圧や戦争によって。
だからドルが危うくなっている時、イラクが決済通貨をユーロに変えたら戦争は起こった。金本位制という言い方があるのならば、ドルに関しては決済通貨としての信用の本位制=外圧、軍事力本位制と言えてしまう。
しかし、我々凡夫向けには、大量破壊兵器とか、911とかの下らない説明がつけられる。

こういう事実が有ったとして、こんな視点は普通に毎朝皆が読む新聞、家に帰って付けるテレビでは絶対に書けない。でも、帰納で可能な限り証拠があれば反対するのです。それが世論となり、人口に膾炙する様に可能な限り報道する。
それが、発信するメディアを保持しているジャーナリストの長です。

そして、筑紫さんは、そうであったと思います。その筑紫さんは亡くなった。

だから、そう言う事を教えて貰っている我々が、それを継ぐ。プレーヤー色濃い鳥越さんの喪失感も判ります。頑張って欲しいですね。
金曜日の先を行っているネットを保護し、鳥越、本多で外交と金融でも弄ったら、凄い事になる。それこそが、ジャーナリズムだと、門外漢は思います。

※今日は余り野菜と厚揚げを焼いて醤油掛けるだけ(笑
でも美味いよ。

◇◇◇
(転載終わり)

先日転載しましたが、この辺の話しは7ヶ月後に書いたマスコミの話に繋がります。良い報道が良い評価に繋がる状況や仕組みになって欲しい物ですね。良心的なジャーナリストは居るのだから。



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