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神か誰かの数式。 [日記]

NHKスペシャルで「神の数式」という番組をやっていて、なんとなく見ておりました。

素粒子と相対性理論の数式のマージに様々な人が挑む様子を、いつも通り、感動的な音楽と絵造りとともに編集しています。無限大の問題、マージされた際に現れた+6次元、完全数、超ミクロ、素粒子が動けない中の熱の問題という流れ。

元々、イカも含め(笑)サイエンス番組結構好きなのですが、どうも今ひとつ今回は乗れず。

凡人なので怖いもの知らずで言ってしまうと、
相対性理論で、帰納と演繹のズレを調整していく中で、無限大という穴が空いてるから、逆から行っても、結局その穴にたどり着くのは、態々オーケストラがバックで鳴らなくても、当たり前ではなかろうか?と。

そこで、ブラックホールの底の状態を把握する事が鍵だというけども、そもそも理論上、存在すると仮定しているだけの物、その実状が判らんのと進まんのかと。

両方の式とズレない様に、無限の部分を無理矢理微分積分だかすると、ブレイクダウンして変数増やさざるを得ないのは、別にそりゃ「次元の発見」じゃないんでは?と。

その新たに+された次元はスケールが異なるそうで、
横光利一の「蝿」ではないですが、ある目的の為に、実際上で必要なスケールというのは決まっている物なのでスケールを変えてしまうと、証明実験に何百億もかかったりする割に、あまり意味が無かったりするよなあと。

 糞詰まった際に視点をズラしたりレイヤーを変えるのは町場のコミュニケーションでしょっちゅうあることで、本質的にはそう変わらない。日常良く見ている辻褄合わせと非常に被って見えて、とても冴えない感じでした。

最近は「無限大設定しちゃったから、一方でビッグバンある事になってるだけじゃね?」みたいに思ってる人最早多いでしょうから、そんな今、相対性理論含めて、証明する努力を注ぐに足る、意味のある仮定になってるかが重要なとこでしょう。

いつも通りのNHKサイエンス系の「天才のひらめき、発想の転換」の演出(=正しいという前提で宗教的な荘厳さを出す訳ですが)はされるものの、尊敬崇拝の気持ちが無い状態で見れば、「食う為に、神とか賢人的な宗教演出をしている排他集団じゃね?」的な感じもしてしまい。そんな集団は五万といるのでやはり、なんだか。。

ただ、間違っている証明がされた物でなければ、間違っているかもしれなくても、無理矢理にでも進めてしまう、あちらの科学のゴリッとした原理主義的な強さ、これは感じますが。

なんだか冷めた目のプチ感想でした(笑
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